いよいよ大天守に突入したものの、中は大変な混みようで、じっくりと見る暇がない。とにかく前へ進むしかなく、最上階への階段にいたっては身動きできない状態だった。ツアーで行っているため時間制限があり、とにかく雰囲気だけでも楽しもうと最上階を目指した。
1階では姫路城の骨組みなどの展示コーナーがり、また、それぞれの階には武者走り、開き窓の千鳥破風がある。
3階からは内外の敵を攻撃する場合に、上に乗って応戦をするための石打棚(いしうちだな)がある。
3階から4階へ向かう階段には躍り場があるがその正面格子(赤枠)の裏がまさに石打棚。躍り場に向かってくる敵に攻撃できるようになっている。
また、西大柱は昭和の大修理の時、1本の木曾桧の柱にする予定が運搬中折れてしまい、やむなく下方を岐阜県恵那郡加子母村の国有林
から上方を兵庫県神崎郡市川町笠形神社
からそれぞれ伐出したものを3階の床上で柱継ぎ(黄枠)している。
なお、東大柱は、樅で継手なしの通し柱だったが昭和の大修理のとき、根元5.4mを台湾桧で根継ぎされている。
刑部神社(長壁神社・おさかべじんじゃ)は、姫路城の守護神。姫路城が建てられる前から姫山に祀られていた神社で、最上階のものは明治12年に祀られた。
地階から5階までの木製の黒い釘隠(くぎかくし)と異なり、最上階では豪華な銅製六葉金鍍金の釘隠が使われている。
天守から見た景色は圧巻。当時はどんな景色だったのだろうかと昔に思いを馳せた。
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